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2009年7月25日 (土)

隣のおじさん

実家のお隣のおじさんが亡くなった。朝、母からかなり動揺した声で電話があった。

まだ64歳。10年くらい病気と闘っていた。

私が子供で、おじさんがまだまだ若くて元気だった頃、よくたばこを吸っているのを見た。

そのたばこはおじさんの名前と一文字同じで、おじさんは

「俺のたばこだ。」

言って、そのたばこが強いたばこであると知りつつも、浮気せずそればかり吸っていた。

そのたばこがおじさんを病気の入口に立たせたのかもしれないらしい。

後におじさんはたばこを吸っていたことを後悔したようだと母から聞いたことがある。

おじさんはカッコよくて背が高くて優しくて、いつもにこにこして私にも声を掛けてくれた。

こんなおじさんがお父さんなんていいなぁ・・・と子供心に隣の子がうらやましかった。

おじさんを嫌う人はいなかった。

ここ何年かのおじさんは鼻に管を差していた。

肩からショルダーバッグのようなものをいつも掛けていた。

その管はそこに繋がっていた。酸素が手放せなかったようだ。

元気な時は車を運転し、嬉しそうに孫を送り迎えしていた。

私は目が合えば挨拶したりしていたが、あまり声はかけなかった。

痩せて顔つきも変わった、でも今まで通りにこにこしたおじさんを前にどうしたらいいか

わからなかった。あいさつの後の言葉がみつからなかったから。

おじさんも(堂々としていたが)あまり見られたくないかもしれないし。

私のどうしてよいかわからない気持ちはおじさんには見透かされていたかもしれない。

母にとってのおじさんは心の支えだったようだ。さみしくなっちゃたと母が言った。

昔から住んでいた人がいなくなっても、おじさんだけは母を気にかけてくれていた。

慌てて実家に帰り、母と一緒にお隣りへ行った。

おじさんは昨日の夕方亡くなり、昨日のうちに家に帰ってきたそうだ。

母はおじさんを見て泣き崩れてしまった。

いつもは気が強く、気難しいところを見せていたおばさんだが、

涙を見せつつも気丈に母を迎えてくれた。

おじさんの顔は優しく、うっすらと微笑んでいるようで、まるでうたた寝をしているかの   

ようだった。涙が出るのに実感がわかず、頭の中が何だか白く、冷静な私。

3日くらい前に救急車で運ばれた時、母は元気そうに救急車に乗る様子を見かけた

らしく、その時声をかけなかったのを後悔していた。

最近は何度も入退院を繰り返していたから、誰もが10日もすればまた帰ってくるだろう

と思っていたらしい。だからなおさらなんだろう。おばさんさえもそう思っていたから。

おばさんの話によると、元気な頃のおじさんは家では私たちの知るおじさん像とは少し

違っていたようだった。

昔はお礼とか感謝を口にする人じゃなかったのに、ここ2~3か月は何かするとすぐに

「ありがとう。」

とおじさんは言ったらしい。おばさんが仕事だとすこしさみしそうな感じで、休みだと 

「そうか、そうか、ゆ~っくり休んでくれや。」

と言ってくれたと。

お風呂の世話とか、シャワーで体や頭を洗ってあげると

「ありがとう。気持ちよくなったよ。」

と言ったらしい。そんなおじさんにおばさんは

「夫婦なんだからそんなこと言わないでいいんだよ。」

と言っていたらしい。

元気な頃は家では口も重く、頑固な面もあったおじさんの話を聞いて少しほっとした。

家の外でのおじさんはしょっちゅうお礼や感謝を口にしていた気がするから。

家にいる時まで私の理想のおじさん像だったら、毎日疲れてしまっていただろう。

昨日なのだろうか、先生が身近な方たちを呼んでくださいと言って、おじさんのもとに

人が集まった時、おじさんはみんなに

「笑って!笑って!」

と何度も言っていたそうだ。

そうやっていつも人に気を使ってばかりの人だったとおばさん。

こんな人だからたばこが手放せなかったのだろうか。一概には言えないけれど。

そして最後におばさんの胸ぐらをぐいっと引っ張って自分に近づけると

「ありがとう。いろいろと悪かったねぇ・・・」

そう言って、眠るようにおじさんは逝ってしまったという。

おばさんからの「ありがとう。」の言葉は、おじさんが逝った後だったそうだ。

先生曰く、おじさんは、24時間100メートル走をずっと走り続けているのと同じ状態

だったとか。

「それを10年・・・だから、やっと楽になったんだよ、ずっと大変だったんだから・・・

やっとゆっくりできるんだよ。」

と泣くおばさんと母の横で、泣きながらやはりそれでも実感がわかない私がいた。

話を聞けば聞くほど涙が止まらないのに、なぜだろう。

このシチュエーションに条件反射で涙が出るくせに、実は悲しくない私なのか・・・?

おじさんの人柄にふれ、泣いているのに、亡くなったことに対しての私の感情が

今ここにないような気がする。

手を合わせても、おじさんの顔を見つめても・・・だ。

おばさんにもおじさんにも何も声をかけることができない。言葉が浮かばない。

声をかけたとしても、取ってつけたような言葉しか出ないような気がする。

ならば言いたくはない。心からの言葉をかけたいけれど、見つけられないまま、

まっ白な頭のまま、母と帰ってきた。

自分が嫌になる。ひがみに聞こえるかもしれないけど、こんな時、(どんな時でも)うまい

言葉が出て、人望を勝ち得る人がいる。そんな人の横で損したような気分の私がいる。

すべてじゃないけど、心からの言葉じゃなかったりする人もいる。

でも言わない(言えない)よりは表面上はいいに決まっていると思ってしまう。

もちろん自然に素直な言葉が出ればそれが一番いいけど。経験不足とでもいうのか?

私だって同じ気持ちなのに…と思うこともある。

でも、心にない言葉を口にする自分を客観的に見て、嫌悪している自分がいる。

世渡り下手だ・・・人間関係もいつも下手だ・・・おじさんを見習った方がいいのかな?

でもおじさんを前に取ってつけたような心からではない言葉なんて言いたくない。

「おじさん、こんなでごめんね。」

今、やっとこの言葉が見つかった。少しの間、嫌な自分がいた。

午後になるとあの雨が嘘だったかのように雲が切れ、強い日差しが降りつけてきた。

おじさんはこんなところまで気を使うのかなぁと思ったりする。

明日のお通夜、明後日の出棺や告別式までもおじさんは気を使うのだろうか。

母とおばさんはこれからも助け合っていこうとか、お互い体は大事にしようと話していた。

おじさん、きっと大丈夫だと私は思う。

気づいたらもう夕方になっていた。ずいぶん長い間こうして過ごしていたんだな。

今また雨が降ってきた。そうだよ、おじさん。雨でもいいよ。

それからおじさん、明日また会いに行きます。

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コメント

みっきにゃんさん、この文章を天国で読んでいる隣のおじさんは、やはり「ありがとう、ありがとう」と微笑んでおられるかもしれませんね。
亡くなってからもこんなに慕われているおじさんをちょっと羨ましく思います。自分の死を本当に悲しんでくれる人なんて、そんなにいるものではありませんからね。
みっきにゃんさんがいくら口下手であっても、その気持ちはおじさんに2倍にも3倍にも伝わっていると思います。
私は後3日で禁煙1周年を迎えます。今でも一日に何度かは「たばこを吸いたい」と叫びたくなる時があります。でも、そんな時にはみっきにゃんさんの「隣のおじさん」を思い出す事にします。(*^^)v

投稿: kazu | 2009年7月25日 (土) 19時51分

kasuさんこんばんは
このブログ書くのに今日をまるまる使ってしまいました。
初めて写真なしの文章のみのブログです。
書こうかもとても迷いました。
おじさんとは最近ではあまりおつきあいのなかった私ですが、でも、お隣に優しいおじさんがいるというのはとても安心できることでした。考えたこともありませんでしたが、とても恵まれていたんだなと思いました。
特に母に対してのおじさんにはとても感謝しています。

kazuさんも禁煙1周年、もうそんなになるんですね。
たばこがそんなに体に悪いのか、私にはわかりませんが、体とストレスと相談しながらできれば禁煙を続けられたらいいですね。

投稿: みっきにゃん | 2009年7月25日 (土) 20時37分

 私もとしですから、、、、、

いろいろな人の死に際までみてきましたが、

おじさんは、寿命を全うされ、逝かれたのだと思いますよ。

「ありがとう」という言葉にそれが表れているような気がしますし、私の実父も、長く、厳しい闘病生活の末亡くなりましたが、その死に顔は、今までに見たことないような「とても楽しそう」な顔でした。人は必ず、死んでゆく存在(肉体は)ですが、それは人それぞれですね。どんな死に方をしようが、それで、完全だと思います。

みっきにゃんも、泣けないとか、そんなこと思わずに素直におじさんをこうして偲んであげれば、それが何よりもの「ありがとう」だと思います。

そして、私は、沢山の人の死に接し(一番若い人は七歳でした)肉体は滅びるけれど、何か?魂のようなものは、続いていくのだろうか?というような気持ちが、接すれば接するほど深まっていくような気がします。

投稿: ふわふわ | 2009年7月26日 (日) 13時11分

人は必ず死ぬのだから
いのちのバトンタッチがあるのです

死に臨んで先に往く人が
「ありがとう」と云えば
残る人が
「ありがとう」と応える
そんなバトンタッチがあるのです

死から目をそむけている人は
見そこなうかもしれませんが
目と目で交わす一瞬の
いのちのバトンタッチがあるのです
(青木新門 いのちのバトンタッチ)

3年前、嫁さんのお父さんが亡くなって、初七日の時、お坊さん(私の大学の後輩)が、青木新門さんのこの詩を紹介されました。

おじさん、おばさんやみっきにゃんさんのお母さん、そしてみっきにゃんさんに「バトン」をしっかり渡されましたね。

投稿: こば | 2009年7月26日 (日) 16時40分

ふわふわさんこんばんは
無事葬儀も終わり、私もずっとおじさんと一緒でした。

やはり涙は出るけど・・・心はついていかない。

でも、おじさんが残したものは大きくたくさんで、またみんなを笑顔にさせる瞬間をたくさん作ってくれました。おじさんはすべて知っていたんですね。

亡くなったら終わりではないんだなという気がしました。

幼なじみのおじさんの娘さんがお父さんは私たちの誇りだと言っていました。

おじさんが照れている・・・そんな気がしました。
うまく書けなくてすみません

投稿: みっきにゃん | 2009年7月30日 (木) 18時41分

こばさんこんばんは

素敵な詩をありがとうございます。

今は少し心が空洞のような、でも興奮しているような感じですが、少し前に秋川雅史さんが歌っていた
“千の風になって”
おじさんはこの歌詞をみんなに伝えたかったのかなと思います。

この歌を少し前に生で聴けて、感動できたのもめぐりあわせかな?と思ったりして・・・幸せです。

お通夜、葬儀の席では、みんなとおじさんの
「いのちのバトンタッチ」
を目の前で見ていたんだなとこばさんの詩にふれて改めて実感しました。
そして私もバトンタッチできたと思います。

投稿: みっきにゃん | 2009年7月30日 (木) 18時48分

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